僕の大切な価値観

価値観てのはなんでしょう。
このトピックについて書こうとすると
そこから考えなきゃダメですね。
Google先生に聞いてみたところ価値観てのは

「物事の価値についての考え方」

だそうです。もっと簡単にいうと「何に価値を見出すのか」の考え方のこと。

 

ぶっちゃけ言うと「あんまりわからん」というのが正直なところなんですが、二つだけ明確に持っているものがあります。

一つ目は「突き詰めたものは素晴らしい」という価値観。

僕は伝統工芸が好きです。なんでかっていうと、伝統工芸は「日本人の需要に応えようとして技術を突き詰めた結果できたもの」だから。精緻な意匠が施されたものから無骨な見た目のものまでありますが、いま伝統工芸と呼ばれるものたちは総じて「突き詰めた機能美」みたいなものを纏っています。

僕はそう言うものに出会うと感動するんです。それは単純な美しさへの感動とか、直に見られた歓喜とか、これを作った職人さんへ対する羨ましさとか、色々混ざった感情で、胸がキュッとするような感動なんですが、僕はそんな感動がめちゃくちゃ好きです。

 

この前淀川の花火大会に行ったんですが、それも良かった。螺旋を描いて飛んで、一瞬だけ光が消えて、そのあと爆発する。腹に響く音と一緒に光が視界を埋め尽くす。うーん綺麗やった。次はもっと遠くで見たい。飛び方とか爆発の仕方とか全部計算されてて、人を感動させることに振り切ったもの。「どうやったらああなるんやろう」と気になる。ほんで調べて、そこにある歴史とか工夫を知ってさらに感動する。いい娯楽やな。

 

 

 

 

大切にしている価値観二つ目。

それが「当たり前の道徳」です。

 

小学校の授業で「道徳」って授業がありますよね。
あの授業本当に面白くないんですが、あそこで教えられるような道徳を、僕は大事にしたい。めちゃくちゃ当たり前のことばっか言うてるんですけどね。

「人にはやさしくしましょう」とか
「人が嫌がることはやっちゃだめ」とか
「いじめはダメ」とか
「お礼は言いましょう」とか
「せかい平和」とか。

そこには世間から綺麗事だと揶揄されるモノも含まれているんですが、それでも大切にしたい。いじめなんか無い方が良いに決まってるし、戦争も起こらないに越したことはない。騙されたやつより騙したやつの方が悪いと思う。いじめは無くならないだろうし、戦争も起き続けるのかもしれないし、人は傷つき続けるだろうけど、それでも無くすために動いた方がいい。

綺麗事ええやろ。綺麗なんやから。

 

こういう価値観を、捻くれず、頭でっかちにもならず、自分のなかで、大切にしていきたい。

 

今日はこんなところで終わります。お疲れ様でした。